Hard Landing(1)

私は次走者待機所で、K.Mさんを待っていた。
向かい側にある、襷が次走者に渡せなかった場合の前走者お立ち台には、
早朝から駅伝の運営に携わっていた係員達が数名座っている。
計測の機材を積んでいるワゴン車から歩いて来た関係者が、
「あと、6チーム」といった。

今年は、もう1チームより先にゴールしていた。が、
マラソン大先輩のK.Mさんより先にお酒は飲めなかった。
スタートから4時間経過。
1チームが戻り、少し遅れて2チームが続けてゴールした。
それから、15分位経ったのだろうか。
首を傾げた細身の体つきのK.Mさんが見えた。
私が戻って来たK.Mさんに水が入った紙カップを渡し、
労いの言葉をかけると、寄って来た係員がK.Mさんにうす緑色の紙を渡した。

飛び賞の順位をいわれ、その順位が記入されていた。
私がK.Mさんのタスキを返却して、また呼び止められ、
うす緑色の紙を記念の表彰楯と引き換えた。

参加メンバー達、応援の人がいるテントに戻って、
表彰楯をみんなに披露。
今まで十何年参加してきたが初めての事だった。

この酒飲みのアンカー二人は、アップなしで日本酒を飲まされる。
撤収時間まで残り1時間半で、
やっぱり、ゆっくり飲む事が出来なかった。

最後に片付け完了後にみんなで写真撮影。
近くにいた人に2枚撮ってもらったのだが、
後日、御大Mさんがプリントしようと見たところ、
撮影頼む前に御大Mさんが撮った写真しかなく、
どうやら、コンデジの電源スイッチを押していたらしい。
こんな事もあるのだ、、、

K.Mさんは順位が気に入らないのか、
楯は御大Mさんに渡していた。(写真は御大Mさん提供)


スタート前から救急隊員がコースを歩いているのを見た。
ネット情報を見ていた、仕事で参加できなかったT.Rさんによると、
救急車を5台要請していたらしい。

チームはそのお世話にならず、無事大会を終えた。
参加者の皆さん、いつも有難うございます。
そしてお疲れ様でした。

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